菅のトリビア【61】船頭小屋(菅野戸呂)

61.船頭小屋
生田緑地の日本民家園にある船頭小屋は、昭和4年から45年まで「菅の渡し」で使用されていました。「菅の渡し」は江戸時代からあり、対岸の調布にある畑に通う「作場渡し」でありましたが、昭和40年代には、急激な都市化で畑を手放し、耕作のため渡る人はいなくなりました。多摩川最後の渡船場としてただ1つ残っていましたが、昭和46年には京王相模原線が開通し京王稲田堤駅が開設されると、利用者が激減し昭和48年に廃止されました。それまで菅町会がこの小屋を保存していましたが、同年、日本民家園に寄贈しました。小屋の四隅の柱には、増水時に移動できるよう、丸太を通して担ぐための鉄輪がつけられています。江戸時代には船頭小屋を「見張り小屋」と呼び、渡船場が関守りのような役目を果たしていました。

