菅仙谷2   寿福寺【23】

江戸名所図会によれば、寿福寺は飛鳥時代の推古6年に聖徳太子が建立したとされていますが定かではありません。その後、たび重なる火災などにより寺は荒れていましたが、鎌倉の建長寺の僧、大安法慶禅師が永徳年間(14世紀後半・南北朝時代)に中興し、天台宗から臨済宗に改宗して隆盛しました。
平安時代後期の天喜4年(1056)、源頼義・義家父子が奥州征伐に向かう途中に寿福寺に参詣して開運祈願し、康平7年(1063)に奥州より凱旋のおり、寿福寺にとどまり「戦勝の礼に『大般若経』を書写し寺に納めた」とあります。(甲子夜話)
文治2年(1186)、鎌倉から奥州・平泉に逃れる途中の源義経と弁慶一行が、義家らの故事にならい、ここに逗留(とうりゅう)し写した経文(きょうもん)があるといわれます。